SAP S/4HANA Public Cloudの導入では、戦略的に計画を立て、綿密に調整を行い、それらを確実に遂行することが求められます。従来のオンプレミス導入とは異なり、パブリッククラウドモデルには、カスタマイズ性、拡張性、運用の柔軟性に一定の制約があります。こうした制約を考慮しつつビジネス目標を達成するには、効果的なプロジェクト管理が不可欠です。
成功のための基本原則
SAP S/4HANA Public Cloud導入を成功させる秘訣はいくつかありますが、特に重要なのは経営陣の強力なリーダーシップです。経営陣が明確な方針を示し、特にプロセスの標準化に関してプロジェクトをリードすることで、導入はよりスムーズに進み、目標達成の可能性も高まります。
導入前に現行プロセスの文書化を検討する企業もありますが、パブリッククラウド導入の場合、この作業はそれほど大掛かりである必要はありません。簡潔な文書化は変更管理を支援し、固有の要件を特定するのに役立ちますが、あくまでSAP標準プロセスの採用にフォーカスすべきだからです。
SAP S/4HANA Public Cloudは、SAPの50年にわたる経験をもとに開発された数多くのベストプラクティスプロセスを提供します。カスタマイズの範囲を制限する「clean core(クリーンコア)戦略」に従い、オンプレミスやプライベートクラウドを導入するときのような大規模な修正を期待するのではなく、自社の業務プロセスを厳しく見直し、SAPベストプラクティスに適応させることを検討する必要があります。
他社と確実に差別化できる重要な領域以外は、SAPの標準プロセスを受け入れることが成功の鍵です。たとえば、多くの組織にとって購買は標準プロセスで充分です。調達業務が競争優位性をもたらすことはあまりないからです。このように、実績あるベストプラクティスの採用を「制約」ではなく「機会」と捉えることで、プロジェクトの成功率が高まります。現実的なアプローチにより、プロジェクトの複雑さを軽減し、導入期間を大幅に削減できます。
プロジェクト方法論とフェーズ
SAPが提供するS/4導入のためのSAP Activate方法論は、次の6つのフェーズで構成されています。
- 構想(Discover):実現可能性の評価、ビジネスケースの策定、ハイレベルな要件の整理を行います。通常、システム選定プロセスの一環として契約前に行われます。
- 準備(Prepare):プロジェクト計画とシステムの準備、主要リソースのオンボーディング、クラウド環境のプロビジョニングを行います。
- 評価(Explore):Fit-to-Standardワークショップを完了し、プロセスの整合性を分析して、潜在的なギャップを特定します。プロジェクトの成功において、このフェーズは極めて重要です。
- 実現化(Realize):システム設定、既存アーキテクチャとの統合、徹底的なテスト、データ移行戦略の実行を行います。
- デプロイ(Deploy):カットオーバー作業を実施し、データ移行を完了させ、本稼働に移行します。
- 運用(Run):初期の安定化を図るハイパーケアサポートを経て、継続的な運用と改善を進めます。
すべてのフェーズにおいて、ビジネス部門の全面的かつ積極的な関与が不可欠ですが、最も重要なのが評価フェーズです。このフェーズで実施されるFit-to-Standardワークショップは、ビジネスがSAPのベストプラクティスプロセスにどう適合するかの方向性を定める上で、決定的な役割を果たします。
多くの企業にとって、コア機能に絞った初期導入が最も効果的です。財務、販売、調達などの中核業務に限定することで、通常4〜5か月で導入が完了します。ターゲットを絞ったアプローチにより、必要な機能をすばやく導入しつつ、将来的な拡張に備える柔軟性も確保できます。 このアプローチは、特にGROW with SAPパッケージとの相性が良く、ライセンス契約内でSAP Analytics Cloud、SAP BTP、GROWのバージョンによってはSAP Concur for Expensesなど、他のSAPソリューションにもアクセスできます。このようなコア基盤戦略により、クラウドERP導入の価値を早い段階で実証できます。また、GROW with SAPに含まれる追加機能の活用することで、その後のフェーズもスムーズに進めることができます。
課題とリスク軽減戦略
1. カスタマイズの回避
すでに述べたように、SAP S/4HANA Public Cloudは標準化されたベストプラクティスプロセスを提供します。ソフトウェアを変更するのではなく、社内の業務プロセスを変更する必要があります。関係者が早い段階から関与し、期待値をすり合わせるとともに、変更が必要なプロセスを特定することが重要です。しっかりとした変更管理計画を立てることで導入がスムーズに進みます。
2. データ移行の複雑さ
データ準備は予想以上に時間がかかるため、早めに行うことが推奨されます。また、すべてのデータを新しいSAP S/4HANA Public Cloudソリューションへ移行する必要はありません。たとえば、すでに販売を終了した製品のデータを移行する必要はありません。これを機にマスタデータの整理を行うとよいでしょう。従来のERPシステムと比べて、SAPはデータ品質に対してより厳格です。たとえば、郵便番号はその国に適した正しいフォーマットで登録される必要があります。そのため、移行元のシステムによっては、より徹底したデータクレンジングが必要となる場合があります。データの整理や移行準備は、できるだけ早く着手しましょう。
3. チェンジマネジメントとユーザー定着
SAP S/4HANA Public Cloudへの移行や標準プロセスの導入には、組織としてのチェンジマネジメントが不可欠です。特に、社内の業務プロセスを変更してSAPプロセスを採用する場合は、ユーザーからの抵抗が予想されます。定期的な情報共有、充実したトレーニングプログラム、段階的なロールアウトによってユーザー定着は促進できるものの、チェンジマネジメントはプロジェクトの開始時点から継続的に取り組むべき重要な要素です。
4. 外部システムとの統合
SAPとサードパーティ製アプリケーション間のシームレスかつ堅牢な統合は、プロジェクトの成功に欠かせない要素です。設計、仕様策定、テストを慎重に行う必要があります。すべてが完了してからまとめてテストするのではなく、統合プロセスと並行して単体テストを行うことで、バグや予期せぬ問題を早期発見できるため、最終的に時間と作業負担を減らすことができます。特に本番稼働に向けて多くの統合を完了させる必要があるプロジェクトでは、アジャイルアプローチが最適です。
5. テスト
システム稼働に向けた統合テスト、ユーザー受け入れテスト、パフォーマンステストは非常に重要です。自動テストツールを活用すると、定期的なアップデートサイクルへも容易に対応できますが、導入の一環として複数のテストサイクルを計画し、業務部門の積極的な参加を確保しましょう。本稼働後よりも、この段階で行う方が問題はシンプルです。
6. SAP Cloud ALM
導入を管理するためのツールも忘れてはなりません。クラウドサブスクリプションに含まれるSAP Cloud ALMは導入管理に最適なツールと言えるでしょう。SAP Central Business ConfigurationやSAP Signavioと連携するだけでなく、Activateロードマップタスクおよびアクセラレータをシームレスにインポートできるため、プロジェクトのスムーズな立ち上げと一元管理が可能です。ガントチャートやバーンダウンチャートといった強力なプロジェクト管理機能に加え、要件・機能追跡、テスト自動化ツールを含むテスト管理など、包括的な機能を利用できます。ブラウザベースで使用できるため、場所を問わずチーム間での作業がスムーズに進みます。また、Activateロードマップの方法論により、すべてのタスクが網羅されるため、プロジェクトリスクが軽減します。ただし、事前に用意されているActivateタスクを、導入の規模やスコープに合わせて調整することを強くお勧めします。
7. 効果的なプロジェクトガバナンス
また、ビジネス目標やプロジェクトのビジネスケースに紐づく主要業績指標(KPI)を定義することで、導入の成功度を測定し、継続的な改善を推進できます。導入前にベースラインを設定すると、改善効果を定量化し、投資対効果を裏付けることができます。また、プロジェクト期間中にKPIを継続的に監視することで、ビジネスの優先事項を常に意識してプロジェクトを進めることができます。
シームレスな本稼働と導入後のサポート
体系的な本稼働戦略も非常に重要です。順序だった詳細なカットオーバータスク、本稼働直前に問題が発生した場合の対処計画、迅速な対応を促す問題解決プロセスなどを必ず組み込みましょう。本稼働での対応遅れは致命的です。
導入後のサポートも慎重に検討しなければなりません。初期段階での運用課題を管理し、システムとプロセスの安定化をサポートするハイパーケア期間を設けることを強くお勧めします。さらに、プロジェクト完了後に発生する「操作方法」といったSAPサポートではカバーされない質問に対応するためにも、AMSサービスがあると安心です。
専任のセンターオブエクセレンス(CoE)チームが、ソリューションの品質を管理し、高い顧客満足度を保障します。また、継続的な改善、定期的なアップグレードサイクルの管理、最大限の投資効果を支援します。
さらに、本稼働後も引き続きSAP Cloud ALMを使用し、ビジネスプロセス、統合、ジョブの実行、システムパフォーマンス、健全性をリアルタイムで監視できます。組み込みの分析機能や機械学習により、異常を検出・予測し、必要に応じて自動的に是正措置を実行できるため、人の介入を最小限に抑え、業務を円滑に進めることができます。
まとめ
SAP Activate方法論に基づく体系的なアプローチ、経営陣の確固たるリーダーシップ、プロセスの標準化により、SAP S/4HANA Public Cloud導入成功の基盤を築くことができます。パブリッククラウドモデルの制約を理解し、それを受け入れて作業を進めることで、導入プロセスを合理化し、SAPソリューションへの投資を最大化できます。S/4HANA Public Cloudへの移行は多くの課題を伴いますが、綿密な計画、強固なガバナンス、そして確実な実行により、デジタルトランスフォーメーションを通じて大きな価値と新たなチャンスを手にしましょう。