販売、調達、製造、財務などのコアERPから統合計画、データガバナンス、アナリティクス戦略、クラウドインフラ設計といった複雑なサプライチェーン機能までを網羅した10週間のアセスメントを締めくくる経営層向け報告会の中で出た質問です。
ペインポイント分析、ベストプラクティス適合度、ソリューションマッピング、段階的ロードマップなどの成果を共有した直後、あるシニアリーダーからこう質問されました。
「9か月で本稼働できますか?」
もっともな質問です。 そして、あらゆる業界が感じている「スピードへのプレッシャー」を象徴するものでもあります。事業拡大を目指すにせよ、迅速なモダナイゼーションを図るにせよ、投資家向けに進捗を示すにせよ、多くの企業がERP変革のスピード化を求めています。9か月という期間は一見すると野心的でありながら、状況によっては実現可能にも思えます。とはいえ、実際のところ「それは状況次第です」とお答えすることになります。
スタート地点が重要
最近の例でお話しすると、フロリダを拠点とする創業して間もないバイオテクノロジー企業をサポートし、12週間でスムーズな本稼働を実現しました。このプロジェクトは単なるシステム導入ではなく、上場準備とコンプライアンスを念頭に置いた完全な財務変革でした。
スコープには、財務コンプライアンスと監査対応を支援する基盤構築を目的として、コア財務、調達、Concur統合が含まれていましたが、要件定義から設計、構築、単体テスト、システム統合テスト、ユーザー受け入れテスト、本稼働までがわずか12週間で完了しました。以下の要素が成功に大きく寄与したと思っています。
- 組織全体での共通理解と意思統一
- 迅速な意思決定
- 過度なカスタマイズを避け、SAPベストプラクティスを採用する姿勢
このプロジェクトは、適切な条件が揃えば、新参者のバイオテクノロジー企業でもスピーディかつ効果的に導入を進められることを証明しています。
ただし、複数の国や組織をまたぎ、レガシーシステムや複雑な業務を抱える企業では、そうはいきません。本稼働までの道のりは、スタート地点によって大きく異なります。
導入モデルと準備度
導入モデルの選択が、移行スケジュールや変革戦略を大きく左右します。
- GROW with SAP:変革のスピード、標準化、スムーズな導入定着を最適化するパブリッククラウドモデルです。中堅企業や急成長企業に適しています。
- RISE with SAP:柔軟性と管理のしやすさをより重視したモデルで、複雑なシステム連携や統合が求められる大規模な企業に適しています。
導入モデルは、アーキテクチャだけでなく、プロジェクト全体のペースや方向性を決定します。ただし、本当に大事なのはスピードではなく、移行への準備ができているかどうかです。
「速く」ではなく、「速く、かつ確実に成果を出す」ことに注力しなければなりません。
複雑な環境では、システム設定だけでなく、業務プロセスの整合、データの整理、組織の準備も重要な要素です。
十分な基盤づくりをせずに本稼働を急ぐと、現場の不満やシステムの形骸化、本来なら得られる価値の損失につながります。だからこそ、弊社では「Crawl-Walk-Run」の段階的アプローチを推奨しています。
- 基盤となる業務プロセスを確立し、
- ユーザートレーニングと活用支援を行い、
- 自動化や高度な機能を追加していく
人ありきのシステム ー 成功の本質
SAP S/4HANAは確かに強力なシステムですが、システムだけではプロジェクトの成功を保証できません。ユーザーが新しい環境で自分の役割を果たす準備ができているかが重要です。
導入プロジェクトで思うように成果を出せないケースには、以下のような共通点があります。
- エンドユーザーが十分にトレーニングされていない
- 将来の業務プロセスが明確でない
- 変更管理が後回しにされている
真の成功は、コミュニケーション、役割の明確化、シミュレーション、そして継続的なユーザー支援によってもたらされます。スケジュール通りに本稼働日を迎えることがゴールではありません。
遅延の原因の多くは、技術的な問題ではなく、組織的な要因にあります。リーダー層の足並みは揃っていますか?システム導入後のプロセス責任者は関与していますか?日々システムを使うユーザーは十分なトレーニングを受け、業務をスムーズに遂行できる状態ですか?
本当に9か月で本稼働できる?
条件が揃えば実現できます。適切なスコープとガバナンス体制、そして標準プロセスを受け入れる意志があれば、9か月での本稼働は可能です。重要なのはスピードだけでなく、ユーザーがシステムを使いこなし、持続的に価値を生み出せる状態をつくることです。
本稼働は通過点にすぎません。
